川崎哲のブログとノート

ピースボート共同代表、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲の活動の紹介、オピニオン、資料などを載せています

戦時中の差別とどう向き合うか――「ひろしまタイムライン」から考えること

戦時中の差別とどう向き合うか
「ひろしまタイムライン」から考えること

NHK広島のプロジェクト「ひろしまタイムライン」の中で、朝鮮半島出身者に対する差別的表現を含むツイートがなされたことが、大きな議論を呼んでいる。事実関係についてはすでに多く報道されているので(*1)、詳しくはくり返さない。要するに、1945年当時の人が感じたことを現代の人に実感をもって知ってもらうために、日記などをベースにアレンジを加えてツイッターで発信するというプロジェクトで、その一部に朝鮮半島出身者への差別的な表現が含まれていたという問題である。プロジェクトには、多くの若者が関わっている。

原爆や平和に関わる活動をする者として、遅ればせながら、私がこの問題についてどう考えるかを明らかにしておきたい。このプロジェクトには私が知る人たちも関わっているし、私はこれまでマスコミ等で、この「ひろしまタイムライン」のようなプロジェクトが戦争の記憶が風化する中でとても重要だと述べてきた。それゆえ他人事として論評するつもりはなく、むしろ自らへの教訓を含む問題として考えている。

第一に、現代の若者を含む多くの人たちが、戦時中の人々の暮らしぶりや苦しみやさまざまな感情に思いをいたすことができるようにする取り組みは、とても貴重なものだ。とりわけ「ひろしまタイムライン」の場合は、SNSという現代人に身近なツールを使うという手法がとても斬新で、評価されるべきだ。これ以外にも、各種ネット技術やスマホのアプリなどを活用してさまざまなプログラムが開発され試行されている。その多くを担うのが若者である。多くの若者が、戦争が人間に対してもたらしたことについて知りたい、学びたいと熱意をもって取り組んでいることはとても心強いものだし、私もできる限り参加や応援をしていきたいと思う。

第二に、その上で、今回問題となったツイート(6月16日付、8月20日付)は、明らかに朝鮮半島出身者に対する差別的な表現であり、このようなツイートがなんら文脈や説明のないままに突然人々のスマホやパソコン上のタイムラインに登場したならば、誤った理解や差別意識を助長するといわざるをえない。NHK広島は8月24日付のブログ投稿で「戦争の時代に中学1年生が見聞きしたことを、十分な説明なしに発信することで、現代の視聴者のみなさまがどのように受け止めるかについての配慮が不十分」であったと述べているが(*2)、まさにその通りだ。この点は、関係者に強く反省をしていただきたいと思う。

戦時中に、現代の価値観からすれば許容できないような差別的意識や言動が、国籍、民族、出身、性別、年齢、職業その他もろもろについてあったというのは事実だろう。しかし、それらについて触れたり、それらを言葉として再現したりすること自体が許されないということではない。たとえば演劇、ドラマ、文学、歴史書その他さまざまな媒体の中で、そのような表現が出てくることはあろうし、そうしたことを記録し伝承していくことには意味がある。単に蓋をしてしまえば、後世への教訓という意味ではむしろマイナスである。

だが、たとえば演劇やドラマであれば、劇場に入るとかテレビを観るという行為の中で、人々は準備ができている状態である。これに対してツイッターの場合は、突然にその言葉だけが登場し、かつ独り歩きするから問題である。NHK広島は先の投稿で、今後は「必要に応じて注釈をつける、出典を明らかにするなどの対応を取り、配慮に欠けたり、誤解が生じたりすることがないように努め」るとしている。当然であろう。しかし、ツイッターというツールを使うことに意味があるこのプロジェクトで、果たして逐一注釈を付けたりすることが可能なのかは疑問だ。私には、ツイッターを使いつつ、この矛盾を解消する名案は思いつかない。プロジェクトメンバーの皆さんには、是非よく考えて、よい方法を編み出していただきたいと願う。

第三に、当該ツイートを削除すべきかどうかという問題についてである。このような差別的表現のツイートは、在日コリアンを含む多くの人々を傷つけるものであるから削除すべきであるという意見が多数表明されている。私は、NHK広島が、上記のようにまさに「配慮が不十分」であったという判断の下で当該ツイートを削除するならば、それは妥当なことだと思う。しかし、自ら削除を強く求めるという立場をとることには躊躇がある。

私は、ヘイトスピーチを厳しく法的に規制すべきと考える者の一人であるが、そのことと、表現の自由という現代社会において死活的に重要な価値との両立をどう図るかについては、慎重に考えるべきだという立場である。一般論ではあるが、個人(文学者、芸術家、ジャーナリストなどを含む)が発した表現について、それを削除または抹消せよということを他者が求めることについては、きわめて慎重でなければならない。仮にそのようなことがあっても、それは厳格かつ公正な基準の下でなされなければならない。そうでないと、逆に、平和や自由や正義を求める表現が権力によって削除また抹消されることに道を開きかねない。また、残念ながら今日、今回のようなものとは異なり、あからさまな憎悪の意図をもって拡散されているヘイトスピーチが数多くある。それらを止めることの方が優先課題ではないか。

今回のケースでは、文脈の説明のないままに差別的表現がむき出しで存在していることが問題なのである。したがって、もしプロジェクト当事者が、当時この少年がこのように感じたであろうという記録を残したいと思うのであれば、このツイートを、ツイッターからはいったん削除した上で、文脈上の説明のある形で、ウェブサイトの他の箇所に置き直すなどの措置がとれると思う。

第四に、類似の問題をどう防ぐかという問題である。平和活動に携わる私にとっては、これはまさに当事者としての問題である。私は、ピースボートの国際交流の船旅をはじめ、さまざまな国際的な平和に関する行事を数多くやってきた。今回の件に類似する問題に直面したことは少なくない。

ある行事で、日本の若者が、アウシュビッツにおけるナチスの虐殺行為を学びそれを報告していたときに、聞いていた他国の人が、報告者が第二次大戦中に日本が犯した罪について自覚が足りないと感じ、行事終了後に大きな議論になったことがあった。また別の行事においては、日本が太平洋戦争に突入していった経緯について日本の若者があまりに無知であるので、その経緯をわかりやすく、ややコミカルに描いて日本の大人たちが説明していたところ、それをみた他国の人が「ふざけている」と不快に感じ傷ついたということがあった。

これらの事例と今回の問題に共通して背景にあるのは、そもそも日本の人々の間で、近現代における日本の加害責任や戦争責任に関する基本的な知識や理解が欠如していることだ。とくに若者の場合はそうした教育をほとんど受けていないので、自らよかれと思ってした言動が、思わぬ反発を招いてしまうことがままある。これは単に若者が悪いというよりも、日本の大人たちが、自国の歴史の負の側面にきちんと向き合ってこなかったことのつけである。このような表現をすれば他国の人が傷つくであろうということについての想像力が、あまりにも貧弱な日本になってしまった。今回のプロジェクトに関わっている若者の中で、これだけ大きな問題になってしまったことに戸惑っている人も多いと思う。しかし、これを個人への批判という次元で受け止めるのではなくて、国際的な問題を扱う上での素養という観点からとらえて、次への糧としていただきたい。

日本で戦争体験のある方々と話をしていると、当時の軍国主義的教育の影響を今に至るまで受けているものだと驚いてしまうことがある。ふだん戦争反対や平和を唱えている人たちが、生活における小さな振る舞いの中で、敵国意識、上下関係、ジェンダー差別など、驚くほど戦時中的な価値観を表現することがあるのだ。戦争体験に学ぶ活動をしている人であれば、少なからずそのような経験があるだろう。そういう場面でどうすればよいか。いつも悩むのだが、私の基本的な姿勢は、そのような差別的な言動を、否定はしないが、許容もしないというものだ。すでにご高齢になられた方々を個人的に批判しても仕方ないだろうと思う一方、決してそのことを自分として許容したり、自分の周りに対して正当化してみせていくようなことはしてはいけない。

今日の民主主義社会では許容されないような価値観が、戦時中には大手を振るっていた。しかしそれは過去に終わった問題ではなく、一面では、75年経った今日にまで連続している。過ちをくり返さないために、私たち一人ひとりが自らを律する力をもたなければならない。

2020.8.27
川崎哲

*1 毎日新聞「ひろしまタイムラインに“差別扇動”批判 NHK原爆企画 「朝鮮人」ツイート巡り」2020年8月21日 https://mainichi.jp/articles/20200821/k00/00m/040/280000c
ハフィントンポスト「NHK「ひろしまタイムライン」で“朝鮮人”に関する投稿 ⇒ NHKは「実際の表現にならった」と説明(UPDATE)」2020年8月21~22日
https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5f3f0c0fc5b6763e5dc0f57b
朝日新聞「「ひろしまタイムライン」NHKが謝罪 差別助長と批判」2020年8月24日
https://digital.asahi.com/articles/ASN8S6VQ5N8SPITB00R.html

*2 https://www.nhk.or.jp/hibaku-blog/timeline/434653.html

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This entry was posted on 2020/08/27 by in Uncategorized.