川崎哲のブログとノート

ピースボート共同代表、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲の活動の紹介、オピニオン、資料などを載せています

参議院の外交・安保調査会でFMCTについて意見陳述しました

本日(2024年2月21日)、参議院「外交・安全保障に関する調査会」(会長:猪口邦子参議院議員)で「FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始への取組と課題」をテーマにした会合が開かれ、私は3人の参考人の1人として出席しました。

FMCTとは、核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウランやプルトニウムなど)の生産を禁止する条約で、その交渉開始に向けた取組が1990年代から続いています。岸田首相は、核兵器禁止条約については昨年末の締約国会議へもオブザーバー参加を見送るなど消極的な姿勢ですが、FMCTについては積極的で、昨年9月の国連総会ではハイレベル会合を開催するなどしています。こうした政府の姿勢も背景に、この度、FMCTに焦点を当てた調査会の会合が開かれる運びとなりました。

私は、秋山信将一橋大学大学院法学研究科教授と阿部達也青山学院大学国際政治経済学部教授に続いて、3人目の参考人として20分間の意見陳述を行い、その後、与野党の国会議員からの質疑に答えました。この会合の様子は、参議院のインターネット審議中継のページから「外交・安全保障に関する調査会」「2024年2月21日」で検索すると、動画で見ることができます。

私の意見陳述の内容は、以下の通りです。以下は準備原稿で、多少言葉遣いを変えたところがありますが、ほぼこのまま発言しました。また、配付資料は、以下の通りです。
配付資料 こちら(PDF)
別紙資料
 表4 分離プルトニウム・高濃縮ウラン保有総量
 表5 分離プルトニウム・高濃縮ウラン保有マップ
 いずれも出典は長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA)

<以下、意見陳述原稿>

参議院「外交・安全保障に関する調査会」
2024年2月21日
21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序構築~
「FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始への取組と課題」
川崎哲

はじめに
 猪口会長、委員の皆さま、本日はこのような機会をいただきありがとうございます。
 私は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に集う世界中の仲間たちや、広島・長崎の被爆者の皆さんと協力しながら、核兵器廃絶のための活動を続けてきました。2017年7月、核兵器を非人道兵器と断じ、その開発、保有、使用を全面的に禁止する核兵器禁止条約が採択されました。同条約が2021年1月に発効してから3年が経ち、締約国または署名国として加わっている国の総数は97カ国に上っています。
 しかし、表1にあるように、未だに世界では9カ国が合計1万2000発以上の核兵器を保有しています。冷戦終結以降、核兵器の総数は減少し続けてきましたが、近年、現役の核弾頭数はむしろ増加に転じています。提案されているFMCTは、核兵器の材料物質の生産を禁止し核軍拡を止めることが、その最大の意義です。FMCTをめぐる課題について、私自身がその成立に関わってきた核兵器禁止条約との関係に触れながら、意見を述べたいと思います。

1,FMCTとは何のための条約か
 まず、FMCTとは何のための条約であるかについてです。
 表2をご覧ください。FMCTは、核兵器を規制・禁止するさまざまな国際的取り組みの中の1つに位置づけられます。今日、全世界的な規範を作るための多国間条約としては、NPT(核兵器不拡散条約)、CTBT(包括的核実験禁止条約)、そしてTPNWとも称される核兵器禁止条約が存在します。
 このうちNPTは、新たな核保有国の出現を防ぐ核不拡散については厳しく規定していますが、核保有国による核軍縮については一般的な、甘い規定に留まっています。そこでNPTが1995年に無期限延長される際に、具体的な核軍縮措置として、核実験を禁止するCTBTと、核兵器の材料物質の生産を禁止するFMCTの2つが、優先課題として合意されました。
 そのうちCTBTは、ジュネーブ軍縮会議で交渉され、1996年に採択されました。一方のFMCTは、未だ交渉開始に至っておらず、その見通しも立っていません。
 その一方で、核兵器禁止条約は、1997年にNGOによるモデル案が示され、2010年以降機運が高まり、2017年に交渉のうえ採択され、今日では世界の約半数の国が参加するに至っています。
 表3をご覧ください。これら多国間条約の基本的な対比を示しています。

 FMCTが規制しようとしているのは、核兵器の材料物質、すなわち高濃縮ウランとプルトニウムです。これらの核分裂性物質を核兵器目的で生産することを禁止しようというものです。1995年にジュネーブ軍縮会議で「差別的でなく、多国間の、検証可能な」FMCTを交渉するという基本的な構想が示されました。
 これに対して、これら核分裂性物質の将来の生産のみを禁止するのか、それとも既存の核分裂性物質も規制の対象に含めるのかという論争が続いてきました。
 将来の生産だけ禁止し既存の物質を対象にしなければ、当然、これまで多くの核分裂性物質を生産し貯蔵してきた核保有国に有利に働くことになります。
 こうしたことから、南アフリカなど非同盟諸国を中心に、多くの国が、既存の貯蔵分も対象に含めることが核軍縮にとっては不可欠であると主張しています。
 実はCTBTにも、同じように、先に核保有国となった国と、後進の核保有国の格差という問題があります。すなわち、米国のように既に多くの核実験を行った国が、他の国々が新たに核実験を行うことをとめるという性格があるわけです。
 つまり、CTBTやFMCTは、核軍縮のための措置と言われますが、同時に、新たな核保有国の出現の防止という「核不拡散」の側面や、後進の核保有国の活動を制限するという「垂直拡散の防止」という側面があるのです。

 日本政府は、名指しこそしないものの、中国の核軍拡を封じるという観点を中心に置いて、FMCTを促進しているように見えます。
 ヒロシマ・アクション・プランにおいても、昨年のG7広島サミットにおいても、中国を念頭に核戦力の透明性の必要性を強調し、その文脈の中で、FMCTの交渉開始を呼びかけています。
 しかし、NPTが世界を「5つの核兵器国」と「それ以外の国」に分けたように、FMCTが新たな差別構造を持ち込むような形で作られるならば、それは国際的な支持を得られません。

 ジュネーブ軍縮会議においては、パキスタンが「既存の貯蔵分を含めないFMCTは差別的だ」と主張して、ほぼ1カ国のみで議論をブロックし続けてきました。そのパキスタンは核保有国であり、年々、核兵器を増産し続けています。
 皮肉なことに、「不平等なFMCTには反対だ」というパキスタンの主張は、その不平等を埋めんとばかりの同国の核軍拡を許す結果につながってきたのです。
 中国も「最大の核保有国である米ロがまず核軍縮をして初めて、他の核保有国も核軍縮プロセスに参加できるようになる」と主張しています。中国の核軍備増強は懸念されるところですが、それでも総数において米ロとは一桁異なります。米ロにおける核軍縮の停滞は、結果的に中国の核軍拡を許すことにもつながっています。
 したがって、FMCTをめざすのであれば、それが核保有国間の格差を固定するためではなく、核不拡散のためだけでもなく、あくまでその目的が「核兵器のない世界」をめざした核軍縮にあることを明確にしなければなりません。そして、すべての国に対して普遍的に規制をかけるものにしなければなりません。さもなくば信頼を得られず、結局、実効性も持ち得ないでしょう。

2,核兵器禁止条約とFMCT
 さて次に、核兵器禁止条約とFMCTの関係についてです。
 2017年の核兵器禁止条約によって、核兵器の開発や生産は全面的に禁止されました。核兵器の材料物質の生産は、同条約の下で既に禁止されていると解釈できます。したがって、核兵器禁止条約の締約国は、FMCTに入るまでもなく、核兵器の材料物質の生産を禁止されていることになります。
 それゆえ、日本はまずもって核兵器禁止条約に加わり、他国に対してもそのことを促せばよいと考えられますが、政府はそのようにはしていません。このことの妥当性について国会議員の皆さんにはよく考えて、審議していただきたいと思います。

 しかし、それはさておき、核兵器禁止条約が既に存在する上で、さらにFMCTを作るとしたら、どのような意義があるかについて考えたいと思います。
 一つには、核分裂性物質に焦点を当てて、技術的な検証を含む精緻な禁止と規制を行うというところに意義があります。
 もう一つは、核保有国が加わる可能性があるということです。核兵器禁止条約には、現在核保有国は1カ国も加わっておらず、近い将来加わる見通しも、残念ながらありません。これに対して、新たにFMCTを作り、そこに核保有国が一定程度加わる見通しが立つのであれば、それには意義があると言えるでしょう。

3,核分裂性物質の禁止と規制
 ここで、核分裂性物質の禁止や規制のあり方について考えたいと思います。
 FMCTについて、将来の生産禁止だけではなく既存の貯蔵分も規制対象に含めるかという論点があることは、既に述べたとおりです。真に核軍縮に資するFMCTにするためには、核保有国が、既存の貯蔵分を核兵器の維持や近代化に使うことに対しても規制をかけることが必要です。
 それに加えて、明示的に核兵器目的とされていなかったとしても、核兵器に利用可能な物質であるならば規制対象にすべきではないかという論点があります。
 例えば今日、中国が民生用として開発している再処理施設等が核兵器目的に使われる可能性が指摘されています。こうした懸念を背景に、G7サミットでの核軍縮「広島ビジョン」には「民生用プログラムを装った軍事用プログラムのためのプルトニウムの生産または生産支援のいかなる試みにも反対する」と記されました。
 「民生用」とされていても、高濃縮ウランやプルトニウムは本質的に核兵器に利用可能です。したがって、それらの生産や保有を適切に規制しない限り、抜け穴となってしまいます。

 過去を遡れば、1991年の朝鮮半島非核化共同宣言は、南北両国が核兵器を持たないとうたうにあたり、両国とも「再処理施設とウラン濃縮施設を持たない」と定めました。そうすることで、非核化に実効性を持たせようとしたのです。
 また、2014年にハーグで開かれた核セキュリティ・サミットでは「高濃縮ウランの保有量を最小化し、分離プルトニウムの保有量を最小限のレベルに維持する」ことがうたわれました。
 「核分裂性物質に関する国際パネル」や「カーネギー国際平和財団」といった専門家グループからは、プルトニウムの分離は利用目的にかかわらず中止または禁止する、また、高濃縮ウランについては使用を全面的にやめて低濃縮ウランに転換する、といった提言が出されています。

 いま世界には約1万2000発の核兵器がありますが、核兵器の材料として使われるおそれのある高濃縮ウランやプルトニウムの量は、表4表5にある通り、核兵器11万発以上分にも上ります。これらに対する総合的な管理の視点が必要です。
 プルトニウムについては、国際原子力機関(IAEA)の下で管理指針(INFCIRC549)が策定されていますが、こうした透明性措置の強化が不可欠です。

 表5にある通り、日本は今日、約45トンのプルトニウムを保有しており、その量は核兵器7600発分にも相当します。非核保有国としては突出した量です。もちろんこれはIAEAの保障措置下にありますので、即座に核兵器に転用できるというわけではありません。それでも、計算誤差の問題は発生します。なんと言っても、日本の場合には量が格段に多いわけです。
 2018年に政府は、当時の保有量約47トンを上限とし、保有プルトニウムを減らしていくことを公約しました。確実に削減し、国際的疑念を持たれないようにするためには、青森県六ヶ所村の再処理工場の本格稼働を中止することで、これ以上プルトニウムを増やさないようにすることが必要です。
 このように、国際的に核分裂性物質への管理を強化していく中では、日本が民生用として進めている核燃料サイクル政策も再検討を迫られていくことは必至です。自国の分は民生用だから大丈夫、しかし他国の分は民生用と言われても怪しい、といった態度は通りません。

4,条約制定プロセスと保有国の関与
 次に、FMCTを条約として制定させるプロセスと、そこへの核保有国の関与について考えたいと思います。どのような場で条約を交渉するかという問題です。
 これまでジュネーブ軍縮会議での交渉が呼びかけられてきましたが、軍縮会議は全会一致制をとっているので、全ての国が拒否権を持つのと同じことです。今後、軍縮会議で条約交渉が開始できるとは思えません。
 1997年の対人地雷禁止条約や2008年のクラスター弾禁止条約は、国連の枠組みを飛び越えて、有志国の外交会議を重ねて成立へとこぎ着けました。

 核兵器禁止条約の場合は、第一段階として有志国が核兵器の非人道性に関する議論を重ね、第二段階として核兵器禁止をめざす有志国の誓約を集め、第三段階として国連総会決議を通じて国連の下で交渉会議を行い、条約を成立させました。
 この過程では、対人地雷やクラスター弾と同様に、完全に有志国会議で進めるべきとの意見もありました。その方がスピードが速いからです。しかし、将来的に核保有国も巻き込むためには国連という枠組みの下で作るべきだという意見がそれに優りました。私はこれが正しい選択だったと考えています。

 今後FMCTを作る場合にどのような制定過程をとるかという問題は、核保有国をどのように巻き込んでいくかと関係します。
 核兵器禁止条約の場合は、核保有国がすぐには参加しない条約でも、早く成立させて強い禁止規範をつくることを優先すべきだという考え方の下で、今日の条約がつくられました。その結果、たしかに核保有国は未だ入っていませんが、核兵器の非人道性に関する認識は国際社会に遍く広がりました。
 FMCTの場合に、保有国の参加を重視するのか、それとも規範形成を優先するのかということは、重要な論点となります。これは、条約の発効要件とも関係します。

 改めて表3をご覧ください。主たる条約の発効要件、発効状況、現在の締約国数、そして核保有国9カ国のうちどこまでをカバーできているかをまとめています。
 このうちCTBTは、原子力活動を行っている44カ国が批准して初めて発効するという厳格な定めをしました。その結果、今日に至っても未発効です。こうした状況を踏まえ、核兵器禁止条約の場合には、単純に50カ国が批准すれば発効すると定めました。
 一方、CTBTも、未発効だから効力がないということではありません。既に圧倒的多数の国が締約国となっていること、そして、全世界に核実験の監視システムを張り巡らせていることから、実質的に核実験を抑制する効果を発揮しています。

 現実問題としては、核保有9カ国全てが最初から参加する条約をつくるということはほぼ不可能ですから、FMCTにおいて何を優先させるかを慎重に検討する必要があります。
 条約の交渉が始まっても、先に述べたように、既存の貯蔵分を対象に含めるかどうかといった点で交渉は難航するでしょう。どこまでの内容の条約にするかによって、どの国の参加が期待できるかということも変わってきます。

まとめ
 核軍縮の世界では、表2表3に記したさまざまな条約や制度が組み合わさって「アーキテクチャ」すなわち建造物が作られているという言い方がよくなされます。NPT、CTBT、そして核兵器禁止条約は相互補完的な関係にあり、そこにFMCTをどう組み合わせるのがもっとも効果的かを考える必要があります。
 FMCTを通じて核分裂性物質に対する国際的な管理を強化し、その検証制度を作っていくことは、NPTに対しても、核兵器禁止条約に対しても、実効性を高めるために有益です。
 いずれにせよ、大前提として、核兵器がいかなる国にとっても許されない非人道兵器であるという基本認識を確認することがたえず求められます。
 そのためにも、日本は、核兵器禁止条約に加わる政治的意思を示しつつ、同条約の締約国会議には積極的に参加して、核分裂性物質の生産禁止、管理強化、そしてその検証に向けた実質的な議論を牽引すべきであると考えます。

最後に
 最後に一言申し上げます。本日私は、他の参考人の先生方がどなたかを知らされることなく、この役割を引き受けましたが、その後3人とも男性であったことを知り、残念に思っています。近年、核軍縮の世界においてもジェンダーの議論はさかんです。核兵器は女性に偏った被害をもたらす一方で、核兵器をめぐる議論や意思決定の場が男性に依然支配されていることは、大きな問題です。
 2022年のNPT再検討会議において、日本は、67カ国による「ジェンダーと多様性、包摂」に関する共同声明に連名しています。猪口会長および委員の皆さまには、今後の調査会での参考人の選定にあたってジェンダーの多様性を重視していただけますようお願いを申し上げて、私の意見陳述を終えます。
 ご清聴ありがとうございました。

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This entry was posted on 2024/02/21 by in Uncategorized.