[2024.6] 殺人ロボットの禁止へ
被団協新聞の6月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 殺人ロボットの禁止へ 4月末、オーストリアはウィーンで自律型兵器の規制に関する国際会議を開催した。自律性兵器とは人工知能(AI)が自ら標的を探知し攻撃する兵器システムのことで「殺人ロボット」とも呼ばれる。人間の関与なしに兵器自身が殺傷を行うことは深刻な倫理的問題をはらむことから、禁止を求める声が上げられてきた。昨年国連総会で初の決議が採択されている。 「人類の岐路」と題した今回の会議には日本を含む144カ国が集まりNGOストップ殺人ロボットキャンペーンからも60名が参加した。議長総括は「標的の選別や生死に関わる判断を機械に任せる」ことに懸念を表明し「武力行使への政治的敷居が下がる」リスクも指摘した。会議が開かれたホーフブルク宮殿は10年前に核兵器禁止への「人道の誓約」が発せられた所だ。核禁条約に続き殺人ロボット禁止条約への動きが始まった。(川崎哲、ピースボート)
原爆国際民衆法廷のためのフォーラムで発言しました
6月7日から8日にかけて、原爆国際民衆法廷のための第2回国際討論会が広島国際会議場で開かれています。原爆国際民衆法廷とは、米国による原爆投下の違法性を裁こうというもので、韓国の被爆者と彼らを支える韓国の市民団体(SPARK)が2026年の開催に向けて準備しています。詳しくは、6月2日付の毎日新聞の記事(こちら)をご参照ください。初日(6月7日)は、民衆国際法廷開催に向けた国際組織委員会を作るためのパネル討論が行われ、私も招待されて発言しました。ピースボートも核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)もその国際組織委員会には入っていませんが、私は、この取り組みに対する問題提起として、以下のような内容の発言をしました。(発言は英語で行いました。原稿はこちら(English text here)。以下の日本語はその概要です。韓国語訳はこちら) 原爆国際民衆法廷のための第2回国際討論会国際組織委員会を作るためのパネル討論における発言 主催者の皆様に対して、この重要な取り組みに感謝を申し上げるとともに、発言の機会をいただいたことにも感謝いたします。 1945年8月の米国による原爆投下の違法性を裁く民衆法廷の取り組みは、広島や長崎の被爆者とともに核兵器の非人道性を訴えてきたピースボートの活動や、核兵器禁止条約の普遍化を求めるICANの活動と、多くの面で重なり合います。 その一方で、民衆法廷の取り組みに対しては、市民運動の観点から、いくつか乗り越えなければいけない課題があるとも感じています。学術的、法的観点というよりも、政治的あるいは社会的観点からです。 第一に、この民衆法廷は、米国による原爆投下の責任を問うことが主眼ですが、この取り組みにおいて、日本政府の責任をどう問うていくのかという問題です。 日本の被爆者運動は、1950年代以降、一貫して、日本政府による被爆者への国家補償と、核兵器廃絶の2本柱の要求を掲げてきました。それは、日本政府には戦争を開始した責任があると考えるからです。 実は、この国家補償の要求は、いまだに実現していません。日本には、被爆者に対する医療や手当など様々な援護施策があります。しかしそれらはあくまで社会サービスであって、法的な賠償ではないというのが政府の考え方です。これではダメだと、今日でも、日本の被爆者は要求を続けています。 韓国の被爆者の皆さんは、米国による原爆投下の被害者であると同時に、日本の植民地支配の被害者でもあります。日本政府の責任をどう扱うのかという問題を今一度議論する必要があるのではないでしょうか。 もちろん、日本政府の責任を棚上げにして、米国の犯罪行為を追及することに集中するというのも、一つの運動論としてはありえます。そのようなキャンペーンは、日本でも多くの支持を集める可能性があります。しかしそれは同時に「第二次世界大戦における被害者は日本だったのだ」というような意識を広げ、日本のナショナリズムを誤った形で助長する危険性を持ちます。私はこれを、あえて危険性と呼びます。このような日本のナショナリズムは、このアジアにおいて戦争を繰り返させないという私たちの共通の願いにとって、逆効果となる可能性があるからです。 いずれにせよ、日本の被爆者も、韓国の被爆者も、等しく米国による原爆投下の被害者です。ですので、韓国の被爆者の皆さんが民衆法廷の取り組みを進めるにあたっては、今後、日本の被爆者団体との綿密な協議が必要になると思います。 第二に、1945年の原爆投下の違法性を問うことと、今日の核兵器廃絶の取り組みの関係についてです。 原爆投下の犯罪性を議論することは、今日における核抑止論の不当性を明らかにすることに繋がります。 一方で、例えば米国の指導層の議論を見たときに、原爆投下はやむを得なかったが、今日においては核兵器は不要であり、その危険性に鑑みて廃絶すべきであるという議論があります。このような考え方の人々を、核兵器廃絶運動にとって仲間と見るのか、説得して改心してもらうべき相手と見るのか、という問題があります。 8年前、米国の現職大統領として初めて広島を訪れたバラク・オバマ氏に対して、広島は謝罪を求めるのか、求めないのかという論争がありました。これは極めて複雑な思考と感情が入り混じった論争になりました。結果、広島は公式には謝罪を求めませんでしたし、オバマ氏ももちろん謝罪はしませんでした。それでも彼が広島を訪れて、核兵器廃絶の目標を語ったことはプラスに評価できるという見方が、私の理解する限り、多数派です。しかし、本当は謝罪してほしかったという気持ちを持っている人も、決して少なくありません。 原爆投下の違法性とそれへの謝罪を重点に置いた運動は、こうした被爆地の複雑な世論にどう向き合っていくのかを考える必要があります。 第三に、2021年に発効した核兵器禁止条約との関係です。この条約には、核兵器の使用・実験による被害者を援助するという規定があります。来年の第3回締約国会議に向けて、被害者援助のための国際信託基金を作るという議論が進行中です。 この条約での被害者援助の規定は、条約締約国に核被害者が生活している場合に、第一義的にはその締約国政府が彼らを援助をする義務を負うというものです。その上で国際協力の制度を作り、当該政府を国際的に支援しようというものです。 例えば韓国がこの条約に入ったならば、韓国政府は、自国内にいる被爆者を支援する法的義務を負うことになります。 なぜ、核兵器を使用・実験した国に直接責任を問わないのか、と疑問に感じる方がいるかもしれません。しかし、このような仕組みの方が現実的なのです。核兵器を使用・実験した国は、このような条約に進んで入ってくることはしません。そこで、彼らが入ってくるのを気長に待つのではなく、目の前に被害者がいる以上まず救済しよう、そのために国際社会が協力しようというアプローチです。核兵器を使用・実験した国には、その国際協力への参加を求めていきます。 被爆者も、核実験の被害者も高齢化しています。彼らを現実的に救済する制度づくりに、いま国際的な期待が高まっています。 米国に補償を求めていくという民衆法廷の運動が、こうした核兵器禁止条約の取り組みとどのように関係を築いていくのかという点も、今後議論が必要だと思います。 ご清聴ありがとうございました。 川崎哲(ICAN国際運営委員、ピースボート共同代表)2024.6.7 英語原稿はこちら(English text here)韓国語はこちら
[2024.5] グテレス総長の提案
被団協新聞の5月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 グテレス総長の提案 3月、国連安保理で日本が議長として核軍縮・不拡散に関する公開会合を開いた。グテレス国連事務総長は、今日「核戦争のリスクはこの数十年で最も高くなっている」と警告し、これに反対する世界の声として、ローマ教皇、行動する若者たち、「勇気ある広島・長崎のヒバクシャ」、そして映画オッペンハイマーを例示した。 事務総長は「軍縮こそ唯一の道だ」と訴え、6点の行動を呼びかけた。第一に、核保有国間の対話。第二に、核の脅しをやめること。第三に、核実験停止の継続。第四に、NPTの下での核軍縮の約束の実行。第五に、核保有国間での核の先制不使用の合意。第六に、米ロ新STARTや後継条約を通じた核削減である。そして「NPTと核兵器禁止条約を含む世界的な軍縮アーキテクチャ(建造物)の強化」を求めた。 日本政府にはまずこれらの政策への支持表明を求めたい。(川崎哲、ピースボート)
[2024.4] オッペンハイマー
被団協新聞の4月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 オッペンハイマー 映画「オッペンハイマー」が公開された。マンハッタン計画を主導した物理学者の生き様を描いた映画だ。広島への原爆投下に米国人が熱狂するシーンは直視するに堪えない。大量殺戮をもたらした現実に本人が悩む姿は描かれているが、その惨状はスクリーン上には全く登場しない。想像力がなければ誤解されうる映画だ。 それでも私はこの映画を高く評価したい。核兵器と軍国主義を描いた映画だと思う。科学と政治、国家と個人、ナチズムや共産主義という「敵」の設定、男性中心社会など現代に通じるテーマが満載だ。AI兵器の登場、ガザの虐殺を止められない「民主主義国家」の矛盾、日本で高まる「国家安全保障」言説の危険性など、現代に多くの問題提起をしている。原爆によって苦しめられた人間には憤りや悔しさを感じるシーンも多いだろうが、一度は観てみることをお勧めする。(川崎哲、ピースボート)
[2024.3] 米国の圧力?
被団協新聞の3月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 米国の圧力? 日本が核兵器禁止条約に参加しないのは米国から圧力を受けているからではない。「米国との関係を悪化させたくない」と忖度して、政府自身が参加しないと決め込んでいるのだ。 1月に来日したメリッサ・パークICAN事務局長は、日本の政治家らのそうした態度に触れ、こう言った。「米国はとても現実的(プラグマチック)な国で常に自国の国益で行動しています。そして他国もまたそうするものと思っています」。だから、日本が自らの国民世論を理由に核禁条約に入ると決断したらならば、最終的にはそれを受け入れるだろうという。米国と軍事同盟関係にあるフィリピンやタイは、核禁条約を批准した。これらの国は「批准するまでは圧力を受けたが、批准してしまえば圧力はなくなった」という。パーク氏は続ける。「市民が、政府が行動せざるをえない根拠を作る必要があるのです。」(川崎哲、ピースボート)
参議院の外交・安保調査会でFMCTについて意見陳述しました
本日(2024年2月21日)、参議院「外交・安全保障に関する調査会」(会長:猪口邦子参議院議員)で「FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始への取組と課題」をテーマにした会合が開かれ、私は3人の参考人の1人として出席しました。 FMCTとは、核兵器用の核分裂性物質(高濃縮ウランやプルトニウムなど)の生産を禁止する条約で、その交渉開始に向けた取組が1990年代から続いています。岸田首相は、核兵器禁止条約については昨年末の締約国会議へもオブザーバー参加を見送るなど消極的な姿勢ですが、FMCTについては積極的で、昨年9月の国連総会ではハイレベル会合を開催するなどしています。こうした政府の姿勢も背景に、この度、FMCTに焦点を当てた調査会の会合が開かれる運びとなりました。 私は、秋山信将一橋大学大学院法学研究科教授と阿部達也青山学院大学国際政治経済学部教授に続いて、3人目の参考人として20分間の意見陳述を行い、その後、与野党の国会議員からの質疑に答えました。この会合の様子は、参議院のインターネット審議中継のページから「外交・安全保障に関する調査会」「2024年2月21日」で検索すると、動画で見ることができます。 私の意見陳述の内容は、以下の通りです。以下は準備原稿で、多少言葉遣いを変えたところがありますが、ほぼこのまま発言しました。また、配付資料は、以下の通りです。配付資料 こちら(PDF)別紙資料 表4 分離プルトニウム・高濃縮ウラン保有総量 表5 分離プルトニウム・高濃縮ウラン保有マップ いずれも出典は長崎大学核兵器廃絶研究センター(RECNA) <以下、意見陳述原稿> 参議院「外交・安全保障に関する調査会」2024年2月21日21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序構築~「FMCT(核兵器用核分裂性物質生産禁止条約)の交渉開始への取組と課題」川崎哲 はじめに 猪口会長、委員の皆さま、本日はこのような機会をいただきありがとうございます。 私は、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に集う世界中の仲間たちや、広島・長崎の被爆者の皆さんと協力しながら、核兵器廃絶のための活動を続けてきました。2017年7月、核兵器を非人道兵器と断じ、その開発、保有、使用を全面的に禁止する核兵器禁止条約が採択されました。同条約が2021年1月に発効してから3年が経ち、締約国または署名国として加わっている国の総数は97カ国に上っています。 しかし、表1にあるように、未だに世界では9カ国が合計1万2000発以上の核兵器を保有しています。冷戦終結以降、核兵器の総数は減少し続けてきましたが、近年、現役の核弾頭数はむしろ増加に転じています。提案されているFMCTは、核兵器の材料物質の生産を禁止し核軍拡を止めることが、その最大の意義です。FMCTをめぐる課題について、私自身がその成立に関わってきた核兵器禁止条約との関係に触れながら、意見を述べたいと思います。 1,FMCTとは何のための条約か まず、FMCTとは何のための条約であるかについてです。 表2をご覧ください。FMCTは、核兵器を規制・禁止するさまざまな国際的取り組みの中の1つに位置づけられます。今日、全世界的な規範を作るための多国間条約としては、NPT(核兵器不拡散条約)、CTBT(包括的核実験禁止条約)、そしてTPNWとも称される核兵器禁止条約が存在します。 このうちNPTは、新たな核保有国の出現を防ぐ核不拡散については厳しく規定していますが、核保有国による核軍縮については一般的な、甘い規定に留まっています。そこでNPTが1995年に無期限延長される際に、具体的な核軍縮措置として、核実験を禁止するCTBTと、核兵器の材料物質の生産を禁止するFMCTの2つが、優先課題として合意されました。 そのうちCTBTは、ジュネーブ軍縮会議で交渉され、1996年に採択されました。一方のFMCTは、未だ交渉開始に至っておらず、その見通しも立っていません。 その一方で、核兵器禁止条約は、1997年にNGOによるモデル案が示され、2010年以降機運が高まり、2017年に交渉のうえ採択され、今日では世界の約半数の国が参加するに至っています。 表3をご覧ください。これら多国間条約の基本的な対比を示しています。 FMCTが規制しようとしているのは、核兵器の材料物質、すなわち高濃縮ウランとプルトニウムです。これらの核分裂性物質を核兵器目的で生産することを禁止しようというものです。1995年にジュネーブ軍縮会議で「差別的でなく、多国間の、検証可能な」FMCTを交渉するという基本的な構想が示されました。 これに対して、これら核分裂性物質の将来の生産のみを禁止するのか、それとも既存の核分裂性物質も規制の対象に含めるのかという論争が続いてきました。 将来の生産だけ禁止し既存の物質を対象にしなければ、当然、これまで多くの核分裂性物質を生産し貯蔵してきた核保有国に有利に働くことになります。 こうしたことから、南アフリカなど非同盟諸国を中心に、多くの国が、既存の貯蔵分も対象に含めることが核軍縮にとっては不可欠であると主張しています。 実はCTBTにも、同じように、先に核保有国となった国と、後進の核保有国の格差という問題があります。すなわち、米国のように既に多くの核実験を行った国が、他の国々が新たに核実験を行うことをとめるという性格があるわけです。 つまり、CTBTやFMCTは、核軍縮のための措置と言われますが、同時に、新たな核保有国の出現の防止という「核不拡散」の側面や、後進の核保有国の活動を制限するという「垂直拡散の防止」という側面があるのです。 日本政府は、名指しこそしないものの、中国の核軍拡を封じるという観点を中心に置いて、FMCTを促進しているように見えます。 ヒロシマ・アクション・プランにおいても、昨年のG7広島サミットにおいても、中国を念頭に核戦力の透明性の必要性を強調し、その文脈の中で、FMCTの交渉開始を呼びかけています。 しかし、NPTが世界を「5つの核兵器国」と「それ以外の国」に分けたように、FMCTが新たな差別構造を持ち込むような形で作られるならば、それは国際的な支持を得られません。 ジュネーブ軍縮会議においては、パキスタンが「既存の貯蔵分を含めないFMCTは差別的だ」と主張して、ほぼ1カ国のみで議論をブロックし続けてきました。そのパキスタンは核保有国であり、年々、核兵器を増産し続けています。 皮肉なことに、「不平等なFMCTには反対だ」というパキスタンの主張は、その不平等を埋めんとばかりの同国の核軍拡を許す結果につながってきたのです。 中国も「最大の核保有国である米ロがまず核軍縮をして初めて、他の核保有国も核軍縮プロセスに参加できるようになる」と主張しています。中国の核軍備増強は懸念されるところですが、それでも総数において米ロとは一桁異なります。米ロにおける核軍縮の停滞は、結果的に中国の核軍拡を許すことにもつながっています。 したがって、FMCTをめざすのであれば、それが核保有国間の格差を固定するためではなく、核不拡散のためだけでもなく、あくまでその目的が「核兵器のない世界」をめざした核軍縮にあることを明確にしなければなりません。そして、すべての国に対して普遍的に規制をかけるものにしなければなりません。さもなくば信頼を得られず、結局、実効性も持ち得ないでしょう。 2,核兵器禁止条約とFMCT さて次に、核兵器禁止条約とFMCTの関係についてです。 2017年の核兵器禁止条約によって、核兵器の開発や生産は全面的に禁止されました。核兵器の材料物質の生産は、同条約の下で既に禁止されていると解釈できます。したがって、核兵器禁止条約の締約国は、FMCTに入るまでもなく、核兵器の材料物質の生産を禁止されていることになります。 それゆえ、日本はまずもって核兵器禁止条約に加わり、他国に対してもそのことを促せばよいと考えられますが、政府はそのようにはしていません。このことの妥当性について国会議員の皆さんにはよく考えて、審議していただきたいと思います。 しかし、それはさておき、核兵器禁止条約が既に存在する上で、さらにFMCTを作るとしたら、どのような意義があるかについて考えたいと思います。 一つには、核分裂性物質に焦点を当てて、技術的な検証を含む精緻な禁止と規制を行うというところに意義があります。 もう一つは、核保有国が加わる可能性があるということです。核兵器禁止条約には、現在核保有国は1カ国も加わっておらず、近い将来加わる見通しも、残念ながらありません。これに対して、新たにFMCTを作り、そこに核保有国が一定程度加わる見通しが立つのであれば、それには意義があると言えるでしょう。 3,核分裂性物質の禁止と規制 ここで、核分裂性物質の禁止や規制のあり方について考えたいと思います。 FMCTについて、将来の生産禁止だけではなく既存の貯蔵分も規制対象に含めるかという論点があることは、既に述べたとおりです。真に核軍縮に資するFMCTにするためには、核保有国が、既存の貯蔵分を核兵器の維持や近代化に使うことに対しても規制をかけることが必要です。 それに加えて、明示的に核兵器目的とされていなかったとしても、核兵器に利用可能な物質であるならば規制対象にすべきではないかという論点があります。 例えば今日、中国が民生用として開発している再処理施設等が核兵器目的に使われる可能性が指摘されています。こうした懸念を背景に、G7サミットでの核軍縮「広島ビジョン」には「民生用プログラムを装った軍事用プログラムのためのプルトニウムの生産または生産支援のいかなる試みにも反対する」と記されました。 「民生用」とされていても、高濃縮ウランやプルトニウムは本質的に核兵器に利用可能です。したがって、それらの生産や保有を適切に規制しない限り、抜け穴となってしまいます。 過去を遡れば、1991年の朝鮮半島非核化共同宣言は、南北両国が核兵器を持たないとうたうにあたり、両国とも「再処理施設とウラン濃縮施設を持たない」と定めました。そうすることで、非核化に実効性を持たせようとしたのです。 また、2014年にハーグで開かれた核セキュリティ・サミットでは「高濃縮ウランの保有量を最小化し、分離プルトニウムの保有量を最小限のレベルに維持する」ことがうたわれました。 「核分裂性物質に関する国際パネル」や「カーネギー国際平和財団」といった専門家グループからは、プルトニウムの分離は利用目的にかかわらず中止または禁止する、また、高濃縮ウランについては使用を全面的にやめて低濃縮ウランに転換する、といった提言が出されています。 いま世界には約1万2000発の核兵器がありますが、核兵器の材料として使われるおそれのある高濃縮ウランやプルトニウムの量は、表4と表5にある通り、核兵器11万発以上分にも上ります。これらに対する総合的な管理の視点が必要です。 プルトニウムについては、国際原子力機関(IAEA)の下で管理指針(INFCIRC549)が策定されていますが、こうした透明性措置の強化が不可欠です。 表5にある通り、日本は今日、約45トンのプルトニウムを保有しており、その量は核兵器7600発分にも相当します。非核保有国としては突出した量です。もちろんこれはIAEAの保障措置下にありますので、即座に核兵器に転用できるというわけではありません。それでも、計算誤差の問題は発生します。なんと言っても、日本の場合には量が格段に多いわけです。 2018年に政府は、当時の保有量約47トンを上限とし、保有プルトニウムを減らしていくことを公約しました。確実に削減し、国際的疑念を持たれないようにするためには、青森県六ヶ所村の再処理工場の本格稼働を中止することで、これ以上プルトニウムを増やさないようにすることが必要です。 このように、国際的に核分裂性物質への管理を強化していく中では、日本が民生用として進めている核燃料サイクル政策も再検討を迫られていくことは必至です。自国の分は民生用だから大丈夫、しかし他国の分は民生用と言われても怪しい、といった態度は通りません。 4,条約制定プロセスと保有国の関与 次に、FMCTを条約として制定させるプロセスと、そこへの核保有国の関与について考えたいと思います。どのような場で条約を交渉するかという問題です。 これまでジュネーブ軍縮会議での交渉が呼びかけられてきましたが、軍縮会議は全会一致制をとっているので、全ての国が拒否権を持つのと同じことです。今後、軍縮会議で条約交渉が開始できるとは思えません。 1997年の対人地雷禁止条約や2008年のクラスター弾禁止条約は、国連の枠組みを飛び越えて、有志国の外交会議を重ねて成立へとこぎ着けました。 核兵器禁止条約の場合は、第一段階として有志国が核兵器の非人道性に関する議論を重ね、第二段階として核兵器禁止をめざす有志国の誓約を集め、第三段階として国連総会決議を通じて国連の下で交渉会議を行い、条約を成立させました。 この過程では、対人地雷やクラスター弾と同様に、完全に有志国会議で進めるべきとの意見もありました。その方がスピードが速いからです。しかし、将来的に核保有国も巻き込むためには国連という枠組みの下で作るべきだという意見がそれに優りました。私はこれが正しい選択だったと考えています。 今後FMCTを作る場合にどのような制定過程をとるかという問題は、核保有国をどのように巻き込んでいくかと関係します。 核兵器禁止条約の場合は、核保有国がすぐには参加しない条約でも、早く成立させて強い禁止規範をつくることを優先すべきだという考え方の下で、今日の条約がつくられました。その結果、たしかに核保有国は未だ入っていませんが、核兵器の非人道性に関する認識は国際社会に遍く広がりました。 FMCTの場合に、保有国の参加を重視するのか、それとも規範形成を優先するのかということは、重要な論点となります。これは、条約の発効要件とも関係します。 改めて表3をご覧ください。主たる条約の発効要件、発効状況、現在の締約国数、そして核保有国9カ国のうちどこまでをカバーできているかをまとめています。 このうちCTBTは、原子力活動を行っている44カ国が批准して初めて発効するという厳格な定めをしました。その結果、今日に至っても未発効です。こうした状況を踏まえ、核兵器禁止条約の場合には、単純に50カ国が批准すれば発効すると定めました。 一方、CTBTも、未発効だから効力がないということではありません。既に圧倒的多数の国が締約国となっていること、そして、全世界に核実験の監視システムを張り巡らせていることから、実質的に核実験を抑制する効果を発揮しています。 現実問題としては、核保有9カ国全てが最初から参加する条約をつくるということはほぼ不可能ですから、FMCTにおいて何を優先させるかを慎重に検討する必要があります。 条約の交渉が始まっても、先に述べたように、既存の貯蔵分を対象に含めるかどうかといった点で交渉は難航するでしょう。どこまでの内容の条約にするかによって、どの国の参加が期待できるかということも変わってきます。 まとめ 核軍縮の世界では、表2や表3に記したさまざまな条約や制度が組み合わさって「アーキテクチャ」すなわち建造物が作られているという言い方がよくなされます。NPT、CTBT、そして核兵器禁止条約は相互補完的な関係にあり、そこにFMCTをどう組み合わせるのがもっとも効果的かを考える必要があります。 FMCTを通じて核分裂性物質に対する国際的な管理を強化し、その検証制度を作っていくことは、NPTに対しても、核兵器禁止条約に対しても、実効性を高めるために有益です。 いずれにせよ、大前提として、核兵器がいかなる国にとっても許されない非人道兵器であるという基本認識を確認することがたえず求められます。 そのためにも、日本は、核兵器禁止条約に加わる政治的意思を示しつつ、同条約の締約国会議には積極的に参加して、核分裂性物質の生産禁止、管理強化、そしてその検証に向けた実質的な議論を牽引すべきであると考えます。 最後に 最後に一言申し上げます。本日私は、他の参考人の先生方がどなたかを知らされることなく、この役割を引き受けましたが、その後3人とも男性であったことを知り、残念に思っています。近年、核軍縮の世界においてもジェンダーの議論はさかんです。核兵器は女性に偏った被害をもたらす一方で、核兵器をめぐる議論や意思決定の場が男性に依然支配されていることは、大きな問題です。 2022年のNPT再検討会議において、日本は、67カ国による「ジェンダーと多様性、包摂」に関する共同声明に連名しています。猪口会長および委員の皆さまには、今後の調査会での参考人の選定にあたってジェンダーの多様性を重視していただけますようお願いを申し上げて、私の意見陳述を終えます。 ご清聴ありがとうございました。
[2024.2] 日本の言い訳
被団協新聞の2月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 日本の言い訳 「核兵器禁止条約は核兵器のない世界の出口とも言える重要な条約だが、核兵器国は1か国も参加しておらず、いまだ出口に至る道筋は立っていない。」これが日本政府の公式見解だ。 だが核兵器の禁止は出口ではない。入口だ。生物・化学兵器、地雷やクラスター爆弾も、まず条約で禁止したことで廃絶への道が開かれた。核兵器国が入っていないことは、日本が何もしない理由にはならない。核兵器国はお互い、相手が持っているからこちらも持つのだと言い合っている。先月来日したICANのメリッサ・パーク事務局長はこれを「堂々巡りの循環論法」と批判し、悪循環を断ち切るリーダーシップが必要だと訴えた。 中国や北朝鮮の脅威をあげて「厳しい安全保障環境」だから核抑止力が必要だとの声もある。だが逆だ。脅威があるからこそ軍縮が必要なのだ。軍拡競争は、緊張や危険をさらに高めるだけである。(川崎哲、ピースボート)
[2024.1] 核抑止の危険性
被団協新聞の1月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 核抑止の危険性 核兵器禁止条約第2回締約国会議の決定事項の中で注目されるのは「核兵器に関する安全保障上の懸念」についての協議プロセスを始めることだ。核兵器の非人道性とリスクに関する新しい科学的根拠に基づき「核兵器の存在および核抑止論」からもたらされる「安全保障上の懸念、脅威、リスク」を議論する。通常「安全保障上の懸念」というと軍拡や核保有を正当化する文脈で使われることが、核兵器や核抑止論そのものが「安全保障上の懸念」なのだという議論である。オーストリアが牽引し、25年3月の次回締約国会議にまとめと提言を出す。 この協議は条約締約国と署名国の間で行われるが、赤十字やICAN、「その他の関係者や専門家」も関与する。日本政府は「賢人会議」の専門家らがこの議論に加わることを促してはどうか。核抑止に依存した安全保障がいかに危険かを客観的に論ずる好機である。(川崎哲、ピースボート)
[2023.12] イスラエルと核
被団協新聞の12月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 イスラエルと核 イスラエルの閣僚がガザ地区への核爆弾の投下を「選択肢の一つ」と語った。恐るべき発言であり許しがたい。同国の別の閣僚はパレスチナ人を「人間の顔をした獣」とも表現している。敵を非人間化することで皆殺しが正当化される。およそ戦争はそうした差別思想に支えられているが、核兵器はその極限だ。 現実には、四国ほどの面積のイスラエルが隣接する名古屋市ほどの面積のガザ地区に核兵器を投下すれば、自国も被害を免れない。そうした現実を核保有国の閣僚が知らないのならなお恐ろしい。 イスラエル政府は公式には認めていないが、同国が核保有国であることは公知の事実である。イスラエル側の論理は、ホロコーストを経験したユダヤ人の国家にとって安全保障が必要だというものだ。めざすべきは、イスラエルとパレスチナの二国家共存と中東非核・非大量破壊兵器地帯の設立である。(川崎哲、ピースボート)
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