川崎哲のブログとノート

ピースボート共同代表、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)国際運営委員の川崎哲の活動の紹介、オピニオン、資料などを載せています

[2023.1] 国際基金設置へ

被団協新聞の1月号(新年号)に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 国際基金設置へ  核兵器禁止条約の第2回締約国会議が今年11月に開かれる。それに向けて具体的進展が望めるのは核被害者援助の分野だ。条約第6、7条には核兵器の使用・実験の被害者に援助を提供し核実験等により汚染された環境を修復すること、そのための国際協力を行うことが定められている。昨年のウィーン行動計画には、そのための国際信託基金の設立の可能性が盛り込まれている。実現には、世界中の政府と民間からの拠出が必要になるだろう。これには人道的見地から核兵器禁止条約の未締約国であっても貢献できるはずだ。とりわけ被爆国日本は積極的に関わるべき課題だ。 ウィーン行動計画は、核被害者援助に関するあらゆる段階で核被害地域の人々との「綿密な協議と積極的関与」を定めている。日本の被爆者や被爆医療の専門家、法律家らの積極的な取り組みが求められている。(川崎哲、ピースボート)

2023/01/24 · Leave a comment

戦争ではなく平和の準備を――”抑止力”で戦争は防げない

 日本政府は、12月16日に「国家安全保障戦略」など安全保障関連の3文書改定を閣議決定しました。反撃能力という名の敵基地攻撃能力の保有、防衛費の大幅増、武器輸出の拡大といった政策が含まれています。閣議決定の前から既に、そうした政策転換を既定路線として、巡航ミサイル購入などの動きが進んできました。 これらは、日本国憲法の平和主義の原則を逸脱し、周辺諸国との信頼関係を悪化させ、軍拡競争を助長するきわめて危険な政策です。ウクライナにおける戦争や緊迫する東アジア情勢の中での人々の危機意識に乗じて、いたずらに軍拡に傾斜していくことは、日本とアジアの平和にとって取り返しのつかない事態をもたらす可能性があります。 さらに、これらは戦後日本の防衛・安全保障政策を根本的に大転換させるものであるにもかかわらず、国会での審議はほとんどなされないままに決定されました。一部「有識者」の報告書に基づき、民主的政治過程を経ないまま閣議決定されるという手法は、重大な問題をはらんでいます。 今本当に必要なのは、日本国憲法の平和主義の原則に基づき、軍拡ではなく軍縮を進めることであり、緊張緩和と信頼醸成のための平和外交を展開することです。そうすることで持続的で安定的な国際関係を構築しない限り、本当の平和も安全保障も実現しません。軍拡のための「戦略」ではなく、平和のための「構想」こそが求められています。 こうした中、今年10月、研究者、ジャーナリスト、NGO活動者らが「平和構想提言会議」を発足させました。私は、15名のメンバーによるこの会議の共同座長を、青井未帆学習院大学教授と共につとめてきました。12月15日、政府の「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」がまとまり、公開会議において発表いたしました。 平和構想提言の全文は、以下の通りです。 「戦争ではなく平和の準備を ―”抑止力”で戦争は防げない―」2022年12月15日、平和構想提言会議http://heiwakosoken.org/wp-content/uploads/2022/12/20221214_HeiwaKoso_Final.pdf 提言発表・公開会議の様子(動画)▼ 計15ページにわたる提言文書の中から、「はじめに」を以下に掲載します。 はじめにいま日本は、戦後80年近くにわたって不戦を貫いてきた平和主義の道を歩みつづけるのか、それともその道から決定的に逸脱して、アジア近隣諸国との対立と紛争への道に進むのか、その分岐点に立っている。政府・与党は、「国家安全保障戦略」など安全保障関連 3 文書の改定を強引に進め、まもなく閣議決定しようとしている。それは、日本の防衛・安全保障政策を根本的に変更し、日本の「国のかたち」そのものを転換させるものである。敵基地攻撃能力の保有をはじめとする一連の政策は、日本国憲法の平和主義の原則を逸脱し、周辺諸国との関係を悪化させ、軍拡競争を助長するきわめて危険なものである。そうした決定が、憲法の下での民主的過程を経ずに強行されようとしている。これは、大きな反対の声がわきあがった 2015 年の安保法制と並ぶ、あるいはそれ以上の重大な政策転換である。にもかかわらず、批判的で慎重な検証も、国民的熟議もなされていない。少なからぬメディアが「結論ありき」とばかりに政府方針を既定路線として報じる中で、憲法との関係が議論されることもほとんどなく、立憲主義のもと私たちが政府に課しているはずの平和主義と民主主義の原則が、公然と無視されている。軍事費を倍増させるような軍拡が、私たちの安全を保障するのか。むしろ軍縮こそが、それを保障するのではないか。そして、緊張緩和と信頼醸成のための平和外交の展開こそが、アジア地域の平和を実現するために求められているのではないか。軍拡のための「戦略」ではなく、平和のための「構想」こそが求められている。戦争の準備ではなく、平和の準備をしなければならない。今年10月、研究者、ジャーナリスト、NGO活動者ら有志が集い、平和構想提言会議を立ち上げた。そして、政府が閣議決定しようとしている「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」について議論を重ねてきた。この提言文書は、その成果である。この文書が、いま起きている問題の理解を深め、国会議員、政党、政府関係者、研究者、ジャーナリスト、NGO活動者らに活用され、さらなる議論と行動につながることを期待する。 ※この提言について、新聞・テレビで多数報道されていますが、そのうちのいくつかを紹介します。 「戦争ではなく平和の準備を」安保関連3文書改定、憲法学者らが対案公表2022年12月16日、東京新聞https://www.tokyo-np.co.jp/article/220153/1 “安保3文書改定” 有識者らが提言“抑止力に頼らない政策を”2022年12月15日、NHKhttps://www3.nhk.or.jp/news/html/20221215/k10013924291000.html

2022/12/30 · Leave a comment

[2022.12] 米核態勢見直し(NPR)

被団協新聞の12号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 先制不使用採用せず  米バイデン政権による核態勢見直し(NPR)が公表された。争点だった核兵器の役割については「核兵器の根本的な役割は米国、同盟国、友好国への核攻撃の抑止」としている。先制不使用や、核の役割を核抑止に限定する「唯一目的」政策については「徹底した検討」の結果採用できないと結論づけた。先制不使用や唯一目的宣言をすると、競合国の核以外の軍事力による「受け入れがたいレベルのリスク」をもたらすからというのである。 報告書は、こうした非核の脅威にさらされた同盟国があるとし、これらの国々に配慮した決定であることを示唆している。日本政府は一貫して先制不使用や唯一目的に反対してきた。NPRは、先制不使用や唯一目的の目標を維持し、そのために同盟国と協力していくと述べている。日本がこれに向けてどのような行動をとるかが問われている。(川崎哲、ピースボート)  

2022/12/11 · Leave a comment

平和構想提言会議を立ち上げました

日本政府が敵基地攻撃能力保有や防衛費倍増などを含む「安保3文書」改定を図ろうとする中、平和学の研究者やNGO関係者、ジャーナリストなどが集まって、10月29日に「平和構想提言会議」を立ち上げました。政府の「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」の提言を行うことをめざしています。私は、昨秋から進めている「平和構想研究会」(前身は「集団的自衛権問題研究会」)の流れをくんで、今回の提言会議を呼びかけ、学習院大学の青井未帆教授と共に同会議の共同座長となりました。 11月21日には、日本平和学会関東地区研究会との共催で、公開会議を行いました。その様子はこちら▼でご覧になれます。 12月中旬に向けて「平和構想」提言をとりまとめていきますので、どうぞご注目ください。 趣旨等は以下の通りです。  日本政府は、年末までに「国家安全保障戦略」など安全保障関連の3文書を改定する方針です。「防衛力の抜本的強化」を掲げた「有識者会議」が作業を進めており、与党協議も行われています。そして、防衛費を「5年で対GDP比2%以上を念頭に」増額することや、反撃能力という名の敵基地攻撃能力の保有、また、武器輸出の拡大といった政策が議論されています。さらに、そうした政策転換を既定路線として、巡航ミサイル購入などの動きが進んでいます。 これらは、日本国憲法の平和主義の原則を逸脱し、周辺諸国との信頼関係を悪化させ、軍拡競争を助長するきわめて危険な政策です。ウクライナにおける戦争や緊迫する東アジア情勢の中での人々の危機意識に乗じて、いたずらに軍拡に傾斜していくことは、日本とアジアの平和にとって取り返しのつかない事態をもたらす可能性があります。 今本当に必要なのは、日本国憲法の平和主義の原則に基づき、軍拡ではなく軍縮を進めることであり、緊張緩和と信頼醸成のための平和外交を展開することです。そうすることで持続的で安定的な国際関係を構築しない限り、本当の平和も安全保障も実現しません。軍拡のための「戦略」ではなく、平和のための「構想」こそが求められています。 こうした中、10月29日、研究者、ジャーナリスト、NGO活動者らが「平和構想提言会議」を発足させました。15名のメンバーによるこの会議は、政府による「国家安全保障戦略」に対置する「平和構想」を文書にまとめ、12月中旬に発表する予定です。 ●平和構想提言会議 メンバー 青井未帆(学習院大学教授)※ 秋林こずえ(同志社大学大学院教授) 池尾靖志(立命館大学) 内海愛子(恵泉女学園大学名誉教授) 岡田充(ジャーナリスト) 川崎哲(ピースボート共同代表)※ 君島東彦(立命館大学教授) 清末愛砂(室蘭工業大学大学院教授) 佐々木寛(新潟国際情報大学教授) 申惠丰(青山学院大学教授) 杉原浩司(武器取引反対ネットワーク(NAJAT)代表) 谷山博史(日本国際ボランティアセンター(JVC)前代表理事) 中野晃一(上智大学教授) 畠山澄子(ピースボート) 前泊博盛(沖縄国際大学教授) (計15名、敬称略、50音順。11月21日現在) ※印の2名が共同座長。 ●発足の経緯 研究者、ジャーナリスト、NGO活動者らによる有志の研究会「平和構想研究会」(2021年10月発足、代表・川崎哲ピースボート共同代表)では、今年4月「憲法の原則を逸脱し戦争への危険を高める自民党<安保提言>に抗議する」と題する緊急声明を23名の識者の連名により発表し、各界から600名以上の賛同を得た(https://www.facebook.com/heiwakosoken/posts/5759069647442239)。この取り組みを引き継ぐ形で同研究会が呼びかけて、平和構想提言会議が発足した。10月29日に第1回会議を開催。第2回会議を、11月21日に公開会議の形で行う。12月中旬に「平和構想」提言を発表する予定。 ●問い合わせ先shudantekijieiken@gmail.com (平和構想研究会)

2022/11/24 · Leave a comment

[2022.11] 核不使用の約束?

被団協新聞の11号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 核不使用の約束? NPT再検討会議では核保有国も含め「核兵器は決して使われてはいけない」とくり返し確認された。だが実際の政策はどうか。先のNPT最終文書案では「先制不使用」や核の役割を抑止に限定する「唯一目的政策」が言及されていたが、後に削られた。さらに核保有国の同盟国も核の役割を減らすべきとの文言が最初あったが削られた。また非核兵器国には核を使用しないという「消極的安全保証」については、最初は無条件でとなっていたが「核保有国の声明に従って」という言葉が挿入された。これは、非核国が核保有国と同盟している場合は保証の限りではないという意味だ。このように核不使用の約束はどんどん骨抜きになっていった。そして今年の国連総会での日本決議案は、核の先制不使用にも役割低減にも言及していない。これでどうやって「核兵器を使わせない」というのか。(川崎哲、ピースボート)

2022/11/23 · Leave a comment

核兵器禁止条約の意義と展望

本日(10月30日)、日本国際政治学会の2022年度研究大会・部会「核兵器をめぐる国際政治の現在」で「核兵器禁止条約の意義と展望」と題して報告させていただく機会を得ました。この報告のために、核兵器禁止条約の成立過程、内容、意義、第1回締約国会議、そして今後の課題について簡潔にまとめたペーパーを作りましたので、ここにご紹介します。概要のまとめということで、どうぞご活用下さい。▼ 「核兵器禁止条約の意義と展望」

2022/10/30 · Leave a comment

[2022.10] 核兵器国による報告

被団協新聞の10号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 核兵器国による報告 NPT再検討会議で議論されたことの一つに、核兵器国による報告の問題がある。2010年の再検討会議での合意事項の一つで、核兵器国が核戦力や核物質の保有量やその削減状況を報告する。核軍縮を口約束に終わらせないための措置で、日本政府が重視する「透明性」にも資する。 その後核兵器国は報告書を出すようになったが、書式や頻度は決められていない。各国が好き勝手にやっている。そこで標準書式を作ろうとなり、2015年の再検討会議では具体的な提案が出た。だがそのときも今回も会議は決裂し、決定までこぎ着けなかった。 今年の最終文書案に残ったのは標準書式を作る作業を「さらに続ける」という言葉だった。結局、報告をすることが決まってから12年経って書式一つできていないのだ。核兵器国は核軍縮の入り口の、さらに入り口で足踏みしたままだ。(川崎哲、ピースボート)

2022/10/22 · Leave a comment

[2022.9] 威嚇か抑止か

被団協新聞の9号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 威嚇か抑止か  NPT再検討会議では多くの国がロシアによるウクライナ侵攻と核の威嚇を非難した。これにロシアはこう反論した。まず侵攻について、ウクライナ政府による東部ロシア系住民迫害へのやむを得ない措置と主張。次に核の威嚇については、ウクライナに対し核の威嚇をしていないと主張。ロシアが核を使用するのは大量破壊兵器の攻撃あるいは通常兵器の攻撃で国家の存立が脅かされたときのみであり、ウクライナはこれに当てはまらないと明言。ロシアが核の警戒態勢を高めたのはNATOが軍事介入する可能性に備えたもので、これは威嚇ではなく抑止だというのである。 これに対し米英仏はロシアは「無責任」で、自分たちは「責任ある」核保有国だと主張する。だがそもそも威嚇と抑止を区別できるのか。無責任で「悪い抑止」と、責任ある「良い抑止」があるなどといえるのか。(川崎哲、ピースボート)

2022/09/11 · Leave a comment

NPT再検討会議――最終文書に向けて注目すべきこと

ニューヨークで開催されている核不拡散条約(NPT)再検討会議は、最終週に入りました。8月26日(金)の会期末に全会一致の最終文書に合意できるのかどうかが注目されています。文書に合意できれば会議は成功で合意できなければ失敗というほど、単純なものではありません。何が合意され何が合意されないのかを見ていく必要があります。 以下、核軍縮に関する内容を中心に、先週末にまとめられた主要委員会1(核軍縮)の報告書案(MC.I/CRP.1/Rev.2)をベースに重要な論点を見ていきたいと思います。最終週の交渉の中で、日本をはじめとする各国政府に取り組んでもらいたいポイントについても述べていきます。【8.23追記:なおその後、最終文書案が発表されました(CONF.2020/CRP.1)ので、最終文書における該当パラグラフを斜体で追記します。】<※8月26日9:20am、最終文書案の改訂に伴いさらにTwitter, Facebook上でコメントしています。同15:15、改訂第2案を受けさらにTwitter, Facebook上でコメントしています。> 第一に、核兵器の非人道性と核兵器禁止条約に関してです。パラ29から32【パラ126から129】では、核兵器の非人道性について、2010年の合意に基づきつつ、さらに具体的に詳述しています。とりわけパラ31【パラ128】で、核兵器が「健康、環境、生物多様性、インフラ、食料安全保障、気候、開発、社会の一体性、世界経済」に甚大な影響をもたらすと認めていることは注目されます。 そしてその流れで、パラ33【パラ130】において、核兵器禁止条約の採択、発効、第一回締約国会議開催が「認識(acknowledge)」されています。核兵器禁止条約に関するこうした事実の叙述については、これまで同条約を強く嫌がってきた核兵器国も拒否できないところまで来ていると思われます。ここに、核兵器禁止条約とNPTの補完性への言及が加われば、さらに意義深いものになります。しかし、補完性に関する言及がなかったとしても、NPT再検討会議の最終文書に核兵器禁止条約に関する言及がきちんとなされれば、それだけで、両条約には関連性があることを示すことになります。また、今回のNPT再検討会議の最終文書に核兵器禁止条約への言及が残れば、それは今後、日本が提出する国連総会決議の文面のベースにもなり得るでしょう。 これら核兵器の非人道性や核兵器禁止条約に関する記述に対しては、今後これを削除するようにという核兵器国の強い圧力がかかってくるでしょう。しかし、今ある記述は最低限維持するべきです。日本政府は核兵器国と非核兵器国の「橋渡し」を自任し、核兵器の非人道性についても重視しているわけですから、今ある記述が維持されるようにしっかりと外交努力すべきです。 第二に、核兵器国による「核兵器廃絶への明確な約束」を含む過去の核軍縮合意を再確認することについてです。これについては報告書案のパラ5、9、10、11、12、13、56およびその以下の節にしっかりと書かれています(【パラ106~110、151】)。またパラ28【パラ125】にある「NPTの無期限延長は、核兵器国による無期限の核保有を認めたものではない」という言葉は、パンチが効いていますね。その通りです。こうした認識が最終合意に盛り込まれるかどうかが注目されます。 もちろん、過去合意が再確認されたとしても、それをいつまで経っても実行しないのであれば意味がありません。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が核軍縮の実行のためにタイムラインやベンチマークが必要だといっているのは、そのような理由からです。そのためにこそ、核兵器国が核軍縮の定期的な報告を行うことが重要なのですが、この点について、今回の再検討会議では大きな進展がありません。核兵器国が報告の形式や頻度について「合意するように努力を継続」するなどと、悠長なことを言っています(パラ19【パラ116】)。しかし、既に2015年の再検討会議の際に、報告の形式についてはかなり具体的で詳細なものが提案され、合意されかけていました。(NPT/CONF.2015/R3におけるパラ154の11節。 )こういった議論が今回の会議で前進した形跡がありません。日本政府は「透明性」を重視すると表明していました(岸田首相)が、だとするならこうした報告のあり方についてもっと突っ込むべきでした。今頃「報告のあり方の議論を継続」するなんて、時間稼ぎにもほどがあります。 第三に、核戦争の回避およびロシアによるウクライナへの侵攻と核の威嚇に関してです。パラ22【パラ119】は、今年1月の5核兵器国の声明(「核戦争に勝者はなく、核戦争を戦ってはならない」)について核兵器国が確認していることを歓迎するとしています。しかし、核保有国間の戦争をしてはならないと宣言した翌月に、ロシアは核の威嚇を背景に戦争を開始しました。ですから、このような宣言はただの空文であって、お気楽に「歓迎」している場合ではないという見方もできます。その意味で、パラ22【パラ119】の最後に「すべての核兵器国がこの確認を遵守することの重要性を強調する」という一文が入っていることは重要です。言ったことを守れ、という意味です。最終合意にはこのような強い念押しが必須であり、単に宣言の再確認だけでは意味がないでしょう。 後半のパラ27 (C)【パラ152の下の32 (C)】 は、「核兵器の危険な物言いや、核兵器を使用するとの――とりわけ軍事的威圧、恫喝、脅迫のための――直接的・間接的な威嚇」をしないよう核兵器国に求めています。核兵器の「威嚇」がこれだけ大きな問題になっているのはロシアによるウクライナへの軍事侵攻があるからで、NPT再検討会議の歴史の中でもきわめて珍しいといえます。多くの国がロシアによる核の威嚇を非難してきた一方、西側核兵器国は、ロシアは無責任な行動に出ているが自分たちは「責任ある」核兵器国だと主張してきました。ロシアは、自分たちは威嚇はしていない、単に抑止をしているだけだと主張しています。では、核の威嚇と抑止を明確に区別することはできるのか。「威嚇は悪いが抑止は良い」という主張に説得力はあるのか。この点で、核兵器禁止条約は明確に核兵器の威嚇を禁止しています。NPTはその点で明確ではありませんでした。NPT再検討会議が、核の威嚇を巡って、どのような最終合意に至るのかは、重要な注目点です。 また、パラ48【パラ145】は、ウクライナのNPT加入と共に同国の安全を保証したブダペスト覚書(1994年)を完全に遵守することを求めています。ウクライナに対して軍事侵攻したロシアは明らかにブダペスト覚書に違反したというべきですが、ロシアは「違反していない」と主張しています。どうやらロシアの主張は、ウクライナに対しては核の使用・威嚇をしないししていない、ロシアの核はあくまで西側諸国(NATO)が介入することを抑止するためのものである、したがってブダペスト覚書の中にある「非核兵器国に対して核兵器の使用・威嚇をしない」という部分については違反していないということのようです。仮に百歩譲ってそのような主張があり得ると認めたとしても、ロシアが、同覚書が定めるウクライナの独立、主権、領土の尊重に違反したことは否定のしようがありません。それゆえ、最終合意は、もっと明確な形でブダペスト覚書そのものの意義とその完全遵守の重要性を掲げるべきでしょう。そうでないと、核兵器国による「安全の保証」の根幹が揺らいでしまいます。 その意味で、報告書案が、後半のパラ22 (b)【パラ152の下の27 (b)】において、核兵器国はNPTに締約する非核兵器国に対して「いかなる状況下においても」核兵器を使用・威嚇しないことと書いていることは注目されます。米国などの姿勢は、NPTに締約しかつ「NPTを遵守している」非核兵器国に対しては核兵器を使用・威嚇しないというものです。「いかなる状況下においても」というのはそれを一歩進めた表現です。このような表現に核兵器国が同意するのかどうかは、1つの注目点です。 第四に、核兵器の先制不使用に関してです。現在、核兵器国が核兵器の役割の低減のためにとるべき措置の1つとして報告書案に載っています(後半のパラ6【パラ152の下の15】)。これが、最終文書に向けた議論の中でどうなっていくかが注目されます。 なお、核兵器の役割の低減に関しては、これに先立つ報告書案では、核兵器国と軍事同盟関係にある非核兵器国の課題でもあるという記述がありました。その記述はなくなってしまいましたが(「核の傘」の下にある国々の政府が嫌がったからでしょう)、それでも、パラ25【パラ122】では、核兵器の役割の低減に関して「締約国」が報告すべきであるとしていて、それを核兵器国に限定していません。核兵器に依存する政策をとっている非核兵器国もまた、核の役割低減の報告義務があると解釈すべきでしょう。 第五に、被爆地訪問や核被害者との交流、そして軍縮教育についてです。これは、後半のパラ31【パラ192】に出ています。岸田首相が世界の若者の広島・長崎への訪問を促すための13億円の基金を国連に拠出することを発表した、ということが再検討会議の冒頭で大きく報道されました。しかし、これを単に「広島・長崎への訪問促進」というふうに捉えるべきではありません。報告書案では、若い世代が「核兵器の使用・実験の被害者や被害コミュニティと交流しその経験を学び、その人道上また環境上の影響について知る」ことが重要だとされており、それが軍縮教育の文脈で記述されています。これがこのまま最終文書に反映されるかどうかは分かりませんが、いずれにせよ、広島・長崎が世界の核の被害地・被害者とつながって、核兵器をなくすための世界的な教育を進めていくという視点が重要です。日本が新たに国連に拠出する基金も、そのような観点から有効に使われていく必要があるでしょう。 最後に、その他の課題についても指摘しておきます。今回の会議で大きな焦点となった豪米英(AUKUS)を通じた豪州による原子力潜水艦の取得とそれに関わる保障措置の問題(【パラ36】)や、ザポリージャ原発の状況を含む武力紛争と原発の安全性の問題(【パラ34、35、99、100、102 (g)、160の下の6】)がどのように最終文書に記載されるかはいずれも重要な論点です。なお、日本の六ヶ所での再処理とプルトニウム備蓄の問題は、今のところ取りあげられていないようです。一方で、福島原発事故に伴う処理汚染水の海洋放出の問題について、中国がくり返し問題提起し、太平洋島嶼国からも指摘が出ていましたが、今のところ報告書案には取りあげられていません。この扱いについても、注目が必要です。 2022.8.22(8.23追記)川崎哲<※8月26日9:20am、最終文書案の改訂に伴いさらにTwitter, Facebook上でコメントしています。同15:15、改訂第2案を受けさらにTwitter, Facebook上でコメントしています。>

2022/08/22 · 7 Comments