国連総会第一委員会に、日本政府が今年も核兵器廃絶を掲げた決議案を提出しました。「核兵器のない世界に向けた共同行動の指針と未来志向の対話」と題するこの決議案(10月21日付、L.47)は、日本がこれまで毎年出してきた決議案とは形式も内容も大きく異なるものとなっています。これまでは、過去の核不拡散条約(NPT)再検討会議の合意事項を再確認することを基本とするものでした。しかし、今年の決議案は過去の合意事項を列記することをほとんどせず、核軍縮の限られた一部の課題を「共同行動の指針」として掲げています。そして、核軍縮の前進のために「未来志向の対話」の必要性を強調。核兵器廃絶には「さまざまなアプローチ」があり、それゆえ対話を通じた諸国間の信頼醸成が必要だというロジックです。しかし、核兵器禁止条約について明示的には言及されていません。今年の決議案は核軍縮に焦点を当て核不拡散や原子力平和利用についてはほとんど触れられていませんが、北朝鮮の核・ミサイル問題については大きく取り上げられています。
この決議案については、しんぶん赤旗が「日本の核決議案 記述が大幅後退」(10月21日付)と報じ、また、共同通信配信の記事が東京新聞(「日本政府の核廃絶決議案が判明 人道上の「深い懸念」削除」10月24日付)ほか各紙に掲載されています。それらの記事にあるように、この決議案は、核兵器国による核兵器完全廃絶の「明確な約束」に言及していない、米ロに核削減を求める表現もない、核兵器の非人道性については「深い憂慮」という表現を削除している、核兵器禁止条約にも言及していない、といった問題があります。
以下に、この決議案の問題点を整理してみます。
問題点1
既存の核軍縮義務や合意を反故にしようとする核兵器国の動きに手を貸すものである。
●前文4節で1995、2000、2010年のNPT合意の「履行の重要性を再確認」するとは言っている。しかし、それらに盛り込まれた合意措置を具体的に再確認することはしていない。
●数ある既存の合意の中から、主文3(a)~(e)で、透明性、リスク低減、FMCT、CTBT、核軍縮検証などを選択的かつきわめて曖昧な形で確認しているのみである。
●米ロ核削減の基本的な枠組みである新STARTへの言及がないし、そもそも米ロに核削減を求める表現がない。新STARTが延長また更新されるかどうかが米ロ核削減の将来を占う重要な鍵であるにもかかわらず、その問題への言及を避けている。
●INF条約やイラン合意など核軍縮・不拡散の重要な条約・協定が次々と破棄され、国際法を通じた核軍備管理そのものが危機にあるという状況への懸念が、一切表明されていない。
●米国は、第一委員会の一般討論で、核軍縮の「環境作り」(CEND)とか、「軍備管理の新時代(new era of arms control)」が必要であるとかいったことを盛んに強調している。ここには、米国は既存の条約で行ってきた核軍縮義務や合意に必ずしも縛られないのだという主張が見え隠れする。既存の合意内容を曖昧にし「未来志向の対話」を強調する今回の日本決議案は、核兵器国が既存の義務や合意を反故にする動きに手を貸すものとなりうる。
問題点2
核兵器がもたらす非人道的な影響への懸念が薄められている。
●核兵器の非人道性に関する言及は、前文18節の「核兵器の使用がもたらす壊滅的な人道上の結末を認識する」(Recognizing the catastrophic humanitarian consequences that would result from the use of nuclear weapons)のみ。昨年は前文と主文の双方に非人道性への言及があったが、今年は前文のみである。
●今年の表現は、2010年NPT再検討会議の合意(「The Conference expresses its deep concern at the catastrophic humanitarian consequences of any use of nuclear weapons and reaffirms the need for all States at all times to comply with applicable international law, including international humanitarian law.」)よりもかなり弱い。「あらゆる使用」の「あらゆる(any)」がなく、「深い憂慮」でなく「認識」にとどまっている。
●昨年の日本決議(「Expressing deep concern at the catastrophic humanitarian consequences of nuclear weapons use, and reaffirming the need for all States to comply at all times with applicable international law, including international humanitarian law, while convinced that every effort should be made to avoid the use of nuclear weapons.」)と比べても、「深い憂慮」がない、国際人道法との関連が語られていないなど、後退している。
●昨年までは、核兵器の非人道性に対する認識があらゆる核兵器廃絶努力を下支えすべきだと言っていた(昨年版主文7「Emphasizes that deep concerns about the humanitarian consequences of the use of nuclear weapons continue to be a key factor that underpins efforts by all States towards a world free of nuclear weapons.」)が、今年は「下支え」の表現はなく、単に核兵器廃絶には「さまざまなアプローチがある」と述べるのみ(前文5節)。
●来る2020年のNPT再検討会議において「核兵器の非人道性」に対する認識をどのように合意させるかはきわめて重要な論点の一つ。日本がその点をこれほどまでに弱めてしまうことが許されるのか。
問題点3
核兵器禁止条約に、今回もまた言及していない。「対話が重要」といいながら、核兵器禁止条約推進諸国と対話する姿勢を示していない。
●「対話が重要」というのであれば、核兵器禁止条約について少なくとも言及をすべきではないか。
●「対話が重要」というのであれば、日本政府は、スウェーデン政府が第一委員会の中で明言したように、同条約に署名しないとしても締約国会議にはオブザーバー参加するといった表明をすべきではないか。
問題点4
北朝鮮に対する非核化の要求がバランスを欠く。
●NPTプロセスで優先課題となっている中東非核化や、近年深刻化する南アジアにおけるインド・パキスタン間の緊張といった問題に触れることなく、地域問題としては朝鮮半島問題のみを特出ししている。
●前文16節においても主文5においても、北朝鮮の完全なる核兵器と弾道ミサイルの放棄を求めるという内容になっている。これは昨年来南北や米朝首脳会談で確認されてきている「朝鮮半島の完全な非核化」という目標に比べて、「対北朝鮮」に偏った要求である。
●歓迎すべき外交努力として(前文16節)米朝会談に言及しているが、昨年みられた南北首脳会談への言及がなくなっている。
問題点5
被爆者の役割や次世代への教育の重要性が強調されている(前文17節、主文3(f))ことは評価できるが、昨年版にあった軍縮プロセスへの女性の参画に関する表現はなくなっている。
●女性の参画の拡大は、第一委員会の冒頭にムハンマド=バンデ国連総会議長や、中満軍縮上級代表が強調したところでもある。日本決議案はこれに応えていない。
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