[2024.6] 殺人ロボットの禁止へ
被団協新聞の6月号に寄せた連載コラム(非核水夫の海上通信)を紹介します。 殺人ロボットの禁止へ 4月末、オーストリアはウィーンで自律型兵器の規制に関する国際会議を開催した。自律性兵器とは人工知能(AI)が自ら標的を探知し攻撃する兵器システムのことで「殺人ロボット」とも呼ばれる。人間の関与なしに兵器自身が殺傷を行うことは深刻な倫理的問題をはらむことから、禁止を求める声が上げられてきた。昨年国連総会で初の決議が採択されている。 「人類の岐路」と題した今回の会議には日本を含む144カ国が集まりNGOストップ殺人ロボットキャンペーンからも60名が参加した。議長総括は「標的の選別や生死に関わる判断を機械に任せる」ことに懸念を表明し「武力行使への政治的敷居が下がる」リスクも指摘した。会議が開かれたホーフブルク宮殿は10年前に核兵器禁止への「人道の誓約」が発せられた所だ。核禁条約に続き殺人ロボット禁止条約への動きが始まった。(川崎哲、ピースボート)
原爆国際民衆法廷のためのフォーラムで発言しました
6月7日から8日にかけて、原爆国際民衆法廷のための第2回国際討論会が広島国際会議場で開かれています。原爆国際民衆法廷とは、米国による原爆投下の違法性を裁こうというもので、韓国の被爆者と彼らを支える韓国の市民団体(SPARK)が2026年の開催に向けて準備しています。詳しくは、6月2日付の毎日新聞の記事(こちら)をご参照ください。初日(6月7日)は、民衆国際法廷開催に向けた国際組織委員会を作るためのパネル討論が行われ、私も招待されて発言しました。ピースボートも核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)もその国際組織委員会には入っていませんが、私は、この取り組みに対する問題提起として、以下のような内容の発言をしました。(発言は英語で行いました。原稿はこちら(English text here)。以下の日本語はその概要です。韓国語訳はこちら) 原爆国際民衆法廷のための第2回国際討論会国際組織委員会を作るためのパネル討論における発言 主催者の皆様に対して、この重要な取り組みに感謝を申し上げるとともに、発言の機会をいただいたことにも感謝いたします。 1945年8月の米国による原爆投下の違法性を裁く民衆法廷の取り組みは、広島や長崎の被爆者とともに核兵器の非人道性を訴えてきたピースボートの活動や、核兵器禁止条約の普遍化を求めるICANの活動と、多くの面で重なり合います。 その一方で、民衆法廷の取り組みに対しては、市民運動の観点から、いくつか乗り越えなければいけない課題があるとも感じています。学術的、法的観点というよりも、政治的あるいは社会的観点からです。 第一に、この民衆法廷は、米国による原爆投下の責任を問うことが主眼ですが、この取り組みにおいて、日本政府の責任をどう問うていくのかという問題です。 日本の被爆者運動は、1950年代以降、一貫して、日本政府による被爆者への国家補償と、核兵器廃絶の2本柱の要求を掲げてきました。それは、日本政府には戦争を開始した責任があると考えるからです。 実は、この国家補償の要求は、いまだに実現していません。日本には、被爆者に対する医療や手当など様々な援護施策があります。しかしそれらはあくまで社会サービスであって、法的な賠償ではないというのが政府の考え方です。これではダメだと、今日でも、日本の被爆者は要求を続けています。 韓国の被爆者の皆さんは、米国による原爆投下の被害者であると同時に、日本の植民地支配の被害者でもあります。日本政府の責任をどう扱うのかという問題を今一度議論する必要があるのではないでしょうか。 もちろん、日本政府の責任を棚上げにして、米国の犯罪行為を追及することに集中するというのも、一つの運動論としてはありえます。そのようなキャンペーンは、日本でも多くの支持を集める可能性があります。しかしそれは同時に「第二次世界大戦における被害者は日本だったのだ」というような意識を広げ、日本のナショナリズムを誤った形で助長する危険性を持ちます。私はこれを、あえて危険性と呼びます。このような日本のナショナリズムは、このアジアにおいて戦争を繰り返させないという私たちの共通の願いにとって、逆効果となる可能性があるからです。 いずれにせよ、日本の被爆者も、韓国の被爆者も、等しく米国による原爆投下の被害者です。ですので、韓国の被爆者の皆さんが民衆法廷の取り組みを進めるにあたっては、今後、日本の被爆者団体との綿密な協議が必要になると思います。 第二に、1945年の原爆投下の違法性を問うことと、今日の核兵器廃絶の取り組みの関係についてです。 原爆投下の犯罪性を議論することは、今日における核抑止論の不当性を明らかにすることに繋がります。 一方で、例えば米国の指導層の議論を見たときに、原爆投下はやむを得なかったが、今日においては核兵器は不要であり、その危険性に鑑みて廃絶すべきであるという議論があります。このような考え方の人々を、核兵器廃絶運動にとって仲間と見るのか、説得して改心してもらうべき相手と見るのか、という問題があります。 8年前、米国の現職大統領として初めて広島を訪れたバラク・オバマ氏に対して、広島は謝罪を求めるのか、求めないのかという論争がありました。これは極めて複雑な思考と感情が入り混じった論争になりました。結果、広島は公式には謝罪を求めませんでしたし、オバマ氏ももちろん謝罪はしませんでした。それでも彼が広島を訪れて、核兵器廃絶の目標を語ったことはプラスに評価できるという見方が、私の理解する限り、多数派です。しかし、本当は謝罪してほしかったという気持ちを持っている人も、決して少なくありません。 原爆投下の違法性とそれへの謝罪を重点に置いた運動は、こうした被爆地の複雑な世論にどう向き合っていくのかを考える必要があります。 第三に、2021年に発効した核兵器禁止条約との関係です。この条約には、核兵器の使用・実験による被害者を援助するという規定があります。来年の第3回締約国会議に向けて、被害者援助のための国際信託基金を作るという議論が進行中です。 この条約での被害者援助の規定は、条約締約国に核被害者が生活している場合に、第一義的にはその締約国政府が彼らを援助をする義務を負うというものです。その上で国際協力の制度を作り、当該政府を国際的に支援しようというものです。 例えば韓国がこの条約に入ったならば、韓国政府は、自国内にいる被爆者を支援する法的義務を負うことになります。 なぜ、核兵器を使用・実験した国に直接責任を問わないのか、と疑問に感じる方がいるかもしれません。しかし、このような仕組みの方が現実的なのです。核兵器を使用・実験した国は、このような条約に進んで入ってくることはしません。そこで、彼らが入ってくるのを気長に待つのではなく、目の前に被害者がいる以上まず救済しよう、そのために国際社会が協力しようというアプローチです。核兵器を使用・実験した国には、その国際協力への参加を求めていきます。 被爆者も、核実験の被害者も高齢化しています。彼らを現実的に救済する制度づくりに、いま国際的な期待が高まっています。 米国に補償を求めていくという民衆法廷の運動が、こうした核兵器禁止条約の取り組みとどのように関係を築いていくのかという点も、今後議論が必要だと思います。 ご清聴ありがとうございました。 川崎哲(ICAN国際運営委員、ピースボート共同代表)2024.6.7 英語原稿はこちら(English text here)韓国語はこちら
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